2015年04月01日

相馬御風「死と生と」

相馬御風「死と生と」

相馬御風『樹かげ』(春陽堂)大正7年発行 所収

14分1秒


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  相馬御風

  死と生と


 靜かな夜、郊外の家の窓にもたれて、ぢつと耳を澄まして居ると、どこからともなく一種の底知れぬ都會のどよめきが絶え間なく闇の天地に漂うて居るのが聽れる。高くもならず低くもならずいつも同じ調子の其のどよめきは、何時始まつて何時終るとも解らない。人の叫びともつかず、機械の響ともつかず、又動物の鳴き聲ともつかぬ其一種異樣なとゞろきは、磯打つ波の遠鳴のやうにどこに始まつてどこに終るとも解らない。永劫から永劫へ、無限から無限へ、そのどよめきは絶え間なく波動して止まないかの如くである。
 けれども都會が發する其の神祕なるどよめきは、都會そのものゝ中に、都會そのものゝ生活の(うづまき) の中に捲き込まれて居る者の耳にはつひに聽く事が出來ない。身邊に去來する雜多な生活の幻影に心を奪はれて居るものには聞こえない。雜多紛々たる生活の幻影から拔け出でゝ、たゞ獨り靜かに心を澄ます時、はじめてその雜多な生活の騷擾はたゞ一つの大きなどよめきとなつて、限ない闇の世界へ私達の心を誘つて行くのである。あらゆる種類の人間的活動を藏した都會のどん底を流れてやまぬ此の單調なるどよめきを聽く時、私達の心は常に一種の限りない憂愁に包まれる。複雜なる人間生活の裡に、常に此の不可思議なる單調の存するを思ふ時私達の心は常に一種の(なほ) し難い絶望に襲はれる。都會生活そのものの渦中へ飛び込んで入つて、強ひて此の憂愁、絶望の思を忘れようかいやいや一度びかのどん底の單調に觸れたものにとりて、都會のあらゆる誘惑はその魅力を完全に及ぼす事は出來ない。時にその魅力に引かれて都會生活そのものゝ享樂に身を委す事があつても、いつとなく私達の耳にはかの單調などよめきが聞こえて來る。私達の心はやがてその單調の與ふる憂愁の闇にとざゝれる。
 都會の眞中の歡樂を賣る家で、美しい女の注いでくれた酒に醉つた體を車の動搖にまかせつゝ、夜ふけて郊外の我が家へと歸る道すがら冷たい月光に輝らされた眠れる都會の姿を、見るかぎり荒れ果てた廣野の如く觀じたと云ふ或る詩人の文章を二三ケ月前或る雜誌で讀んだ時に、私は此人も亦私達と同じく複雜なる都會生活の幻影のうちに、盲目にして變化なき單調の存することに心を祕めつゝある人だと思つた。
 あゝ、離れて聽く都會生活の單調なるどよめきのそれの如く、あらゆる現世(このよ) の生活のどん底には、永劫より永劫へ、無限より無限へつゞく盲目にして變化なき、無意味にして偉大なる單調がある。複雜多趣なる人間生活の姿は、つひに此の單調の暗流のうちに沒せられて、私達の心を果てしなき憂愁の世界へと導き誘ふのではないか。
      ***
 單調なる物の響、例へば浪の響、鐘の音、嵐の遠鳴、雨の音、牛の啼聲、蛙の歌、さう云つた單調なる物の響きの底には常に測り難い神祕がある。複雜なる音を巧みに織り合せた美しい音樂の與ふる快感は、豫め約束せられたる快感である。その魅力に對して不思議を感ずべく、あまりにその快感は確實である。私達はその快い魅力に我みづからをまかすに忙しくて、その魅力の蔭の世界へ心を運ばす餘裕を持たない。けれども單調なる物の響と私達との間には、豫め何の約束もない。それを聽く私達に何の豫期もなければ、響そのものにも何の意味もない。凡ては不可知である。凡ては無干渉である。而して單調は永久に單調である。たゞ變化なくつゞく單調を追ふ心のみが、私達の生活を限りない彼方へと運ぶ。そこに神祕がある。神祕に伴ふ憂愁がある。
      ***
 單調の奧に沈默があり、沈默のうちに單調がある。默して動かぬ人は常に生の單調を感ずる。單調は同時にタイムの重荷である。時の重荷はやがてこれ憂愁である。常に獨樂の如く狂ひ廻つて居れ、常に何物かに醉つて居れ、かう云つた詩人ボードレエルは、生の單調の堪へがたきを感じた人である。
 嘗て私は吉江孤雁氏から信濃の高原地方に、默狂と名づくる一種特別な精神病患者のある事を聞いた。毎日朝から晩まで獨りぼつちで野原や山地へ行つて仕事をして居る。沈默した大自然の中にたゞ一人話相手もなく働いて居るうちに、いつとはなしに物を云ふ氣力を失つてしまひ、默つて何も爲ない人間になつて了ふのださうである。默狂―私はそれを實に意味の深い言葉だと思つて聞いた。彼は實に自然の單調、自然の沈默の權化ではないか。生の單調そのものゝシムボルではないか。
 單調を忘れんとして變化ある生活に狂はうとするもの、單調のうちに住して沈默そのものと同化し行くもの、そのいづれに於ても私達は生の單調に觸るゝものゝ悲しき運命の暗示を認める。
 ブランデスはその名著「ロシヤ印象記」中で、ロシヤの自然の單調はロシヤ人に放浪の嗜好を與へたと説き、「茫漠とした廣野に斷えず彼方へ彼方へと人を誘ふ魔力がある。限りなき空想を起させ、漂泊の欲をさそひ、新らしい渇きを呼び出して行けども盡きない野末を追ひ極めさせやうとする。」と云つて居る。
 ツルゲーネフの「貴族の家」の中には次のやうな一節がある。

「……四邊が又急にシーンとなつて、死んだやうな靜寂が續いた。何の音もせず、何の動くものもない。風は枝を動かさず、燕は音もなく一羽又一羽地に低く翔ぶ。その音無き飛翔が妙に哀愁を誘つた。
「俺は今深い河の底に居る樣なものだ」又してもラヴレツキーは同じ事を思つた。「此處では生活は常に靜かだ。常に停滯して居る。此圈内に入るものは誰でも皆自分の運命の儘に身を任して了はねばならぬのだ、何の動搖もない。何の戰ひもない。鍬を持つた百姓が鍬で溝を掘つて行く樣に唯最う自分で自分の道を徐々に開いて行く事が出來るだけだ……」……(中略)……「どうか此の單調な生活の感化で俺は眞面目になりたいものだ。そして心を靜にして焦らずに自分の仕事を着々と進めて行く樣になりたいものだ」こんな風に考へた後彼は再び四邉の靜寂に耳を澄ました。が、別に何の期待すると云ふではない……而もそれと同時に絶えず何物かを待ち設けて居る。靜寂は前後左右から彼を包んだ。太陽は靜かに靜かに平穩な碧空の中を移つて行き、雲は穩かに其面を漂ひ去る。その漂ひ動く故も知らず、唯() う夢の如く雲は動く。世界の場所では是と時を同じうして、生活の熱鬧があり、慌忙があり、爭鬪がある。が此處では、丁度沼に生えた草の上を水が滑つて行く樣に、生活は音もなく滑つて行く…………」

 ロシヤの自然の單調がロシヤ人に放浪の性癖を與えたといふブランデスの解釋も「どうか此の單調な生活の感化で自分も眞面目になりたいものだ」といふラヴレツキーの嘆聲も、共に單調な自然、單調な生活が人心に與へる偉大なる感化を暗示して居る。單調なる自然に對する時、そこに初めて最も力あるそして最も嚴肅なる人間の生活欲の充實し來る事を暗示して居る。
 けれども一歩を進めて考へて見ると、その所謂單調なる自然の人間に及ぼす感化の裏には却て寧ろ怖るべき暗黒の運命がひそんでは居ないだらうか。默狂となつて自然の單調そのものと同化するのでもなければ、到底脱する事の出來ない怖ろしい破壞が私達を威嚇しやうとして居るのではないだらうか。
      ***
 一たび此の自然の單調裡に立つて、人間生活の運命を觀照する時、あらゆる人間の活動はたゞ灰色に溶け去つて、永劫から永劫へ流れ來り去る不可測にして盲目なる時の流のうちに沒してしまふ。そこに(なほ) しがたい人間の絶望がある。絶望の果ての沈默がある。
 あらゆる單調なるものゝ暗示する所は、その絶望と絶望の果ての沈默ではないか。茫漠とした曠野、限りなく續いて居る地平線、極みなき大空の單調、波の響、雨の音、牛の啼き聲、それらの單調なるものゝ私達に與ふる神祕の印象は、凡てその絶望と、絶望の果ての沈默の暗示ではないか。而してそれから凡ての單調なるものゝ暗示の最後は死の沈默ではないか。
      ***
 單調を破らうとする人間の努力は死の力に對する生の力の戰である。永遠に續いて絶えざる最も大なる戰である。此の永遠に續く絶えざるべき最も大なる戰に於て、吾々は常に最も勇敢なる奮鬪者であらなければならぬのである。(大正元年四月二十三日)


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2015年03月13日

小川未明「赤い花と青い夜」

小川未明「赤い花と青い夜」

小川未明『小川未明作品集 第五卷』(大日本雄辯會講談社)昭和30発行 所収


11分12秒


追記
自分で聞き返して読み間違いを2つ発見。
「憂ふる」は「うるうる」ではなくて「うれうる」でした。
「耽る」は「ひたる」ではなくて「ふける」でした。
すみません。いつか読み直します。


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  小川未明

  赤い花と青い夜


 ふと今夜、私は眠れぬままに起きて、ひとり夜の空を眺めてゐます。紫水晶のやうに冷たみを含んだ空は悠々と(まろ)やかに垂れかかつてゐる。その下には、木が默々として(そび) えてゐます。また寂然(じやくねん) として建物が起伏してゐます。この都會は僅かの間の休息に入つたもののやうに思はれます。
 私はこの時何を思つたでせう。やがて夏も() けて、夏も() くのだと思つてゐます。私は頻りにいつ春が音もなく() つたのかと思ひました。またいつの間に梅雨(つゆ) が去つて、こんなに夏も() けたのかと驚きました。もはや、この夜の空を仰ぎますと、早くも冷露(れいろ) の秋の氣が近くに漂ふ心地がするのであります。
 思ふともなく、かうして月日が經つて行くのだ。そして、人も自分も等しく老いて行くのだと感じたのです。何につけて、人はかうした感じを抱くでありませう。しかしこの時はしみじみとさう思ひました。そして、哀れさを身に() みて覺えたのです。大變に自分は年を() つてゐるやうな氣持がしました。過去に於て若やかな、樂しい日がかなり長くつづいたやうな氣持すら致しました。そして、もはや自分も、この夏の今時分の如く、秋に向ひつつあるやうな一種の悲しみすら感じられたのであります。
 遠い子供の時分の幻想は、かうした刹那にも私の眼の前に彷彿(はうふつ) とします。しかし、それを考へることは、何より私にとつては唯一の樂しいことにちがひありませんけれど、また盡きぬ回想であつて、しまひにはその空想に疲れて 、恨みに泣くより(みち) がないのであります。
 ただつい昨日(きのふ) のやうに思はれる、四五年前の夏の日のことを考へるともなく頭に浮んで來た時に、私は二階の欄干(てすり) (もた) れて、靜かに更けて行く沈默の自然を眺めながら、消え去つた當時に立ち返つて、自分がその夏をどんなに送つたかを思ひました。
 闇の中に紅い花の影が浮んで見えました。その花の色は紅いといふよりも、むしろ赤黒くありました。私の神經はこの花を幻影(まぼろし) に描いただけでの悸然(ぎよつ) としました。私はその花を避病院(ひびやうゐん) 控室(ひかへしつ) の硝子窓を(とほ) して見たのです。
 元來、私は紅い花が好きなのであります。あの寒い灰色の冬の日に、私はぼんやりとした日の光りを浴びながら、街から街へと植木屋を歩き廻つて、紅い花を探して歩いたことすらあります。紅い花は私に青春の懷かしかつたことを思ひ出させます。(さかん) に血管の中で、若やかに燃えてゐる生命を思はせます。少女の唇と涙ぐんだ(まつげ) の長い眼を思ひ出させます。明るくて、それで憂愁な感じを抱かせます。青い空を(かけ) り飛ぶ白鳥の姿はそれによつて感じなくとも、地上に狂ひ廻る戀に髮の亂れた少女の姿を思はせます。そして、ある時は、私は紅い花に日の映るのを見て、別の未だ曾て見ない、全く知らない、遠い美しい街や、港や、國などを空想することがあるのです。それ程、私には紅い花が懷かしいのです。しかし、あの時、見た紅い花はそのやうな花ではありませんでした。
 私は、日にまし見舞はうとする子供の顏色がよくないのを憂ふる心は充分でした。また長い廊下を歩いて行く、その片側の各室に(やつ) れて骨ばかりとなつて、眼の落ち窪んだ男の患者がうめいてゐる。それらの光景に對して、しかものその中の最も重さうな年老つた患者をその日も見ることを苦痛に思ふ心が堪へられぬ程でした。
 しかし、それらよりも、もつと怖ろしかつたのは、控室の硝子窓から見える、病院の中庭に咲いてゐる紅いカンナの花でありました。
 その花はちやうど鷄を裂いて引出した肝臟(かんざう) のやうに赤黒くて、あまりその色が濃過ぎて重々しく陰氣で、毒々しかつたばかりでなく、大きな底光りのする瞳を() らして、眩しい日光の下でどこをか睨んでゐるやうであつた。そして、この花に睨まれた人間の身の上には言ひ知れ(わざはひ) 凶事(きようじ) が降りかかるやうに、この花は不吉(ふきつ) (しるし) に見えたのであります。
 それもその筈で、各病室からは今にも死にかかつてゐる熱病患者が窓の硝子を透して、もしくは直接にその窓の開いた口から、ぢつと(いま) はしい恨みに(いた) んだ() でこの花を見て思ひに耽るからであります。そして、靈魂(たましひ) の苦痛に惱みつつあるそれらの人々の視線が言ひ合わせたやうに、この一つの赤い花に集まるからです。その花が快活のかはりに、陰氣な感じを日の光りの下に投げてゐるのもいはれがあると思ひます。私は呪はれた花だと思ひました。そして、病院に行くたびにこの紅い花を見るのを怖れました。紅い花と夏、私は永遠にあの不思議な花の色と姿を忘れることが出來ません。
 闇の中に花の影が消えると、今度は少年の顏が浮びました。なんでこの少年の姿を私は忘れることが出來ませう。
 殆ど十年目で、私は故郷に歸りました。村の出口に大きな(えのき) の木がありました。私はその木の下に行つて、暮方から腰を掛けて默つてさまざまの事を考へてゐました。すると一人の子供が、不思議さうにして私の傍に立つてぢつと私の顏を眺めてゐたのです。 「どこから來た人だらう。また(ぢき) に遠い國へ歸つて行く人だらう。」と思つてゐるのが子供の顏にありありと分りました。私も(かつ) て、この子供のやうな時代があつたのです。そして、よくかういふ風に知らぬ旅人を見守つたことがありました。さう考へるとたまらなく私はこの子供がいぢらしかつたのであります。しかし、私は默つてゐました。
 その子供は頭の大きい、眼の飛び出た弱々しさうな子供でありました。そして、片手に青竹を短く切つて、これに小さな(あな) を二つ三つあけた自製の笛を持つてゐました。やがて西南の高い山脈に日が沈みますと、山の影が黒く描かれたやうに走つて、黄色く明るい冲の方の空の下へと連なつてゐました。ちやうどその時分から出初めた凉風に榎の木の葉は搖れて、笑ふやうな音を立てました。全く日が暮れますと、きらきらと光る星が木の頂きを飾りました。私は曾てこの木の下で、いつしよに遊んだ友達のことを思ひました。そしてその顏を一つ一つ思ひ浮べました。一人は病死し、一人は自殺し、一人は他國に暮らしてゐます。そんなことを考へて、涙が(おの) づと湧いて來ました。
 しばらく茫然としてゐたが、私の傍にふい! ふい! と小さな管笛(くだぶえ) の鳴るのを聞きました。それに氣付くと先刻からの子供がまだそこにゐるのであります。 「お母さんが待つてゐなさるから、もうお歸り。」と、私は言ひました。少年は名殘り惜しさうに私を振り向きましたが、やがて驅けて行きました。
 もう夜も更けて來ました。ひとり私は歸らぬ日のことを考へてゐました。


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2015年02月01日

石川啄木「祖父」

石川啄木「祖父」

石川啄木『啄木全集 第二卷』(岩波書店)昭和28年発行 所収

14分31秒


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  石川啄木

  祖父


 とある山の上の森に、軒の傾いた一軒家があつて、六十を越した老爺と五歳(いつつ)になるお雪とが、唯二人住んでゐた。
 お雪は五年前の初雪の朝に生れた、山桃の花の樣に可愛い兒あつた。老爺は六尺に近い大男で、此年齡になつても腰も屈らず、無病息災、頭顱(あたま)が美事に禿げてゐて、赤銅色の顏に、左の眼が(つぶ)れてゐた。
 親のない孫と、子のない祖父の外に、此一軒家にはモ一箇(ひとり)の活物がゐた。それはお雪より三倍も年老つた、白毛の盲目馬(めくらうま)である。
 老爺は重い斧を揮つて森の木を伐る。お雪は輕い聲で笑つて、一人其間近に遊んでゐる。
 大きい木が凄じい音を立てて仆れる時、お雪危ないぞ、と老爺が言ふ。小鳥が枝の上に愉しい歌を歌ふ時、『祖父さん鳥がゐる、鳥がゐる。』とお雪が呼ぶ。
 丁々たる伐木の音と、嬉々たるお雪の笑聲が毎日、毎日森の中に響いた。
 其森の奧に、太い、太い、一本の山毛欅(ぶな)の木があつて、其周匝(まはり)には粗末な木柵が廻らしてあつた。お雪は何事でも心の儘に育てられてゐるけれど、其山毛欅の木に近づく事だけは、堅く老爺から禁められてゐた。
 老爺は伐仆した木を薪にして、隔日(いちにちおき)午前(ひるまへ)に、白毛の盲目馬(めくらうま)の背につけては、麓の町に賣りにゆく。其都度、お雪は老爺に背負はれて行く。
 雨の降る日は老爺は盡日圍爐裏に焚火をして、凝と其火を瞶つて暮す。お雪は其傍で穩しく遊んで暮す。
 時として老爺は
 『お雪坊や、お前の阿母(おつかあ)はな、偉えこと綺麗な女だつたぞ。』
と言ふ事がある。
 其阿母が何處へ行つたかと訊くと、遠い所へ行つたのだと教へる。
 そして、其阿母が歸つて來るだらうかと問ふと、
 『歸つて來るかも知れねえ。』
と答へて、傍を向いて溜息を吐く。
 お雪は、左程此話に興を有つてなかつた。
 五歳になる森の中のお雪が何よりも喜ぶのは、
 『祖父さん、暗くして呉れるよ。』
と言つて、可愛い星の樣な目を、堅く、堅く、閉づる事であつた。お雪は自分に何も見えなくなるので、目を閉づれば世界が暗くなるものと思つてゐた。
 お雪は一日に何度となく世界を暗くする。其都度、老爺は笑ひながら、
 『ああ暗くなつた、暗くなつた。』
と言ふ。
 或時お雪は、老爺の顏をつくづく眺めてゐたが、
 『祖父さんは、何日でも半分暗いの?』
と問うた。
 『然うだ。祖父さんは左の方が何日でも半分暗いのさ。』
と言つて、眇目の老爺は面白相に笑つた。
 又或時、お雪は老爺の頭顱(あたま)を見ながら、
 『祖父さんの頭顱には怎して毛がないの?』
 『年を老ると、誰でも俺の樣に禿頭になるだあよ。』
 お雪にはその意味が解らなかつた。『古くなつて枯れて了つたの。』
 『アツハハ。』と、老爺は齒のかけた口を大きく開いて笑つたが、
『然うだ、然うだ。古くなつて干乾びたから、髮が皆草の樣に枯れて了つただ。』
 『そんなら、水つけたら(また)生えるの?』
 『生えるかも知れねえ、お雪坊は賢い事を言ふだ喃。』
と笑つたが、お雪は其日から、甚麼日でも忘れずに、必ず粗末な夕飯が濟むと、いかな眠い時でも手づから漆の剥げた椀に水を持つて來て、胡坐をかいた老爺の頭へ、小い手でひたひたとつけて呉れる。水の滴りが額を傅つて鼻の上に流れると、老爺は、
 『お雪坊や、其麼に鼻にまでつけると、鼻にも毛が生えるだあ。』
と笑ふ。するとお雪も可笑くなつて、くつくつ笑ふのであるが、それが面白さに、お雪は態と鼻の上に水を流す。其都度二人は同じ事を言つて、同じ樣に笑ふのだ。
 夕飯が濟み、毛生藥の塗抹が終ると、老爺は直ぐにお雪を抱いて寢床に入る。お雪は桃太郎やお月お星の繼母の話が終らぬうちにすやすやと安かな眠に入つて了ふのであるが、老爺は仲々寢つかれない。すると、(こつそ)り起きて、圍爐裏に薪を添へ、パチパチと音して勢ひよく燃える炎に老の顏を照らされながら、一つしか無い目に涙を湛へて、六十年の來し方を胸に繰返す。――
 生れる兒も、生れる兒も、皆死んで了つて、唯一人育つた娘のお里、それは、それは、親ながらに惚々とする美しい娘であつたが、十七の春に姿を隱して、山を尋ね川を探り、麓の町に降りて家毎に訊いて歩いたけれど、掻暮(かいくれ)行方が知れず。媼さんは其時から病身になつたが、お里は二十二の夏の初めに瓢然(ふらり)と何處からか歸つて來た。何處から歸つたのか兩親は知らぬ。訊いても答へない。十月末の初雪の朝に、遽かに産氣づいて生み落したのがお雪である。
 翌年の春の初め、森の中には未だ所々に雪が殘つてる時分お里は(また)見えなくなつた。翌日(あくるひ)、老爺は森の奧の大山毛欅の下で、裸體(はだか)にされて血だらけになつてゐる娘の屍を發見(みいだ)した。お雪を近づかせぬ山毛欅がそれだ。
 二月も經たぬうちに媼さんも死んで了つた。――
 雨さへ降らなければ、毎日、毎日、丁々たる伐木の音と邪氣(あどけ)ないお雪の(すず)しい笑聲とが、森の中に響いた。日に二本か三本、太い老木が凄じい反響(こだま)を傅へて地に仆れた。小鳥が愉しげな歌を歌つて、枝から枝へ移つた。
 或晴れた日。
 珍らしくも老爺は加減がよくないと言つて、朝から森に出なかつた。  お雪は一人樹蔭に花を摘んだり、葉に隱れて影を見せぬ小鳥を追ふたりしたが、間もなく妙に寂しくなつて家に歸つた。
 老爺は圍爐裏の端に横になつて眠つてゐる。額の皺は常よりも深く刻まれてゐる。
 お雪は(こつそ)りと板の間に上つて――、老爺の枕邊に坐つたが遣瀬もない佗しさが身に迫つて、子供心の埓もなく、涙が直ぐに星の樣な目を濕した。それでも流石に泣聲を怺へて、眤と老爺顏を瞶つてゐた。
 暫時經つと、お雪は自分の目を閉ぢて見たり、開けて見たりしてゐた。老爺の目が二つとも閉ぢてゐるのに、怎したのかお雪は暗くない。自分の目を閉ぢなければ暗くない。………
 お雪は不思議で不思議で耐らなくなつた。自分が目を閉づると、祖父さんは何日でも暗くなつたと言ふ。然し、今祖父さんが目を閉ぢてゐるけれども、自分は些とも暗くない。……祖父さんは平常(ふだん)嘘を言つてゐたのぢやなからうかといふ懷疑(うたがひ)が、妙な恐怖(おそれ)を伴つて小い胸に一杯になつた。
 又暫時經つと、お雪は小さい手で密と老爺の禿頭を撫でて見た。ああ、毎晩、毎晩、水をつけてるのに、些ともまだ毛が生えてゐない。『此頃は少許生えかかって來たやうだ。』と、二三日前に祖父さんが言つたに不拘まだ些とも生えてゐない。……
 老爺がウウンと苦氣に唸つて、胸の上に載せてゐた手を下したのでお雪は驚いて手を退けた。
 赤銅色の、逞ましい、逞ましい老爺の顏! 怒つた獅子ツ鼻、廣い額の幾條の皺、常には見えぬ竪の皺さへ、太い眉と眉の間に刻まれてゐる。少許開いた唇からは、齒のない口が底知れぬ洞穴の樣に見える。  お雪は無言で其顏を瞶つてゐたが、見る見る老爺の顏が――今まで何とも思はなかつたのに――恐ろしい顏になつて來た。言ふべからざる恐怖の情が湧いた。譬へて見ようなら見も知らぬ猛獸の寢息を覗つてる樣な心地である。
 するとお雪は、遽かに、見た事のない生みの母――常々美しい女だつたと話に聞いた生みの母が、戀しくなつた。そして、到頭聲を出してわつと泣いた。
 其聲に目を覺ました老爺が、
 『怎しただ?』
と言つて體を起しかけた時、お雪は一層烈しく泣き出した。
 老爺は、一つしかない目を大きく瞠つて、妙に顏を歪めてお雪――最愛のお雪を見据ゑた。口元が痙攣(ひきつ)けてゐる。胸が死ぬ程苦しくなつて嘔氣を催して來た。老い果てた心臟はどきり、どきり、と不規則な鼓動を弱つた體に傅へた。


posted by 田中敬三 at 11:04| Comment(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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