2015年03月13日

小川未明「赤い花と青い夜」

小川未明「赤い花と青い夜」

小川未明『小川未明作品集 第五卷』(大日本雄辯會講談社)昭和30発行 所収


11分12秒


追記
自分で聞き返して読み間違いを2つ発見。
「憂ふる」は「うるうる」ではなくて「うれうる」でした。
「耽る」は「ひたる」ではなくて「ふける」でした。
すみません。いつか読み直します。


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  小川未明

  赤い花と青い夜


 ふと今夜、私は眠れぬままに起きて、ひとり夜の空を眺めてゐます。紫水晶のやうに冷たみを含んだ空は悠々と(まろ)やかに垂れかかつてゐる。その下には、木が默々として(そび) えてゐます。また寂然(じやくねん) として建物が起伏してゐます。この都會は僅かの間の休息に入つたもののやうに思はれます。
 私はこの時何を思つたでせう。やがて夏も() けて、夏も() くのだと思つてゐます。私は頻りにいつ春が音もなく() つたのかと思ひました。またいつの間に梅雨(つゆ) が去つて、こんなに夏も() けたのかと驚きました。もはや、この夜の空を仰ぎますと、早くも冷露(れいろ) の秋の氣が近くに漂ふ心地がするのであります。
 思ふともなく、かうして月日が經つて行くのだ。そして、人も自分も等しく老いて行くのだと感じたのです。何につけて、人はかうした感じを抱くでありませう。しかしこの時はしみじみとさう思ひました。そして、哀れさを身に() みて覺えたのです。大變に自分は年を() つてゐるやうな氣持がしました。過去に於て若やかな、樂しい日がかなり長くつづいたやうな氣持すら致しました。そして、もはや自分も、この夏の今時分の如く、秋に向ひつつあるやうな一種の悲しみすら感じられたのであります。
 遠い子供の時分の幻想は、かうした刹那にも私の眼の前に彷彿(はうふつ) とします。しかし、それを考へることは、何より私にとつては唯一の樂しいことにちがひありませんけれど、また盡きぬ回想であつて、しまひにはその空想に疲れて 、恨みに泣くより(みち) がないのであります。
 ただつい昨日(きのふ) のやうに思はれる、四五年前の夏の日のことを考へるともなく頭に浮んで來た時に、私は二階の欄干(てすり) (もた) れて、靜かに更けて行く沈默の自然を眺めながら、消え去つた當時に立ち返つて、自分がその夏をどんなに送つたかを思ひました。
 闇の中に紅い花の影が浮んで見えました。その花の色は紅いといふよりも、むしろ赤黒くありました。私の神經はこの花を幻影(まぼろし) に描いただけでの悸然(ぎよつ) としました。私はその花を避病院(ひびやうゐん) 控室(ひかへしつ) の硝子窓を(とほ) して見たのです。
 元來、私は紅い花が好きなのであります。あの寒い灰色の冬の日に、私はぼんやりとした日の光りを浴びながら、街から街へと植木屋を歩き廻つて、紅い花を探して歩いたことすらあります。紅い花は私に青春の懷かしかつたことを思ひ出させます。(さかん) に血管の中で、若やかに燃えてゐる生命を思はせます。少女の唇と涙ぐんだ(まつげ) の長い眼を思ひ出させます。明るくて、それで憂愁な感じを抱かせます。青い空を(かけ) り飛ぶ白鳥の姿はそれによつて感じなくとも、地上に狂ひ廻る戀に髮の亂れた少女の姿を思はせます。そして、ある時は、私は紅い花に日の映るのを見て、別の未だ曾て見ない、全く知らない、遠い美しい街や、港や、國などを空想することがあるのです。それ程、私には紅い花が懷かしいのです。しかし、あの時、見た紅い花はそのやうな花ではありませんでした。
 私は、日にまし見舞はうとする子供の顏色がよくないのを憂ふる心は充分でした。また長い廊下を歩いて行く、その片側の各室に(やつ) れて骨ばかりとなつて、眼の落ち窪んだ男の患者がうめいてゐる。それらの光景に對して、しかものその中の最も重さうな年老つた患者をその日も見ることを苦痛に思ふ心が堪へられぬ程でした。
 しかし、それらよりも、もつと怖ろしかつたのは、控室の硝子窓から見える、病院の中庭に咲いてゐる紅いカンナの花でありました。
 その花はちやうど鷄を裂いて引出した肝臟(かんざう) のやうに赤黒くて、あまりその色が濃過ぎて重々しく陰氣で、毒々しかつたばかりでなく、大きな底光りのする瞳を() らして、眩しい日光の下でどこをか睨んでゐるやうであつた。そして、この花に睨まれた人間の身の上には言ひ知れ(わざはひ) 凶事(きようじ) が降りかかるやうに、この花は不吉(ふきつ) (しるし) に見えたのであります。
 それもその筈で、各病室からは今にも死にかかつてゐる熱病患者が窓の硝子を透して、もしくは直接にその窓の開いた口から、ぢつと(いま) はしい恨みに(いた) んだ() でこの花を見て思ひに耽るからであります。そして、靈魂(たましひ) の苦痛に惱みつつあるそれらの人々の視線が言ひ合わせたやうに、この一つの赤い花に集まるからです。その花が快活のかはりに、陰氣な感じを日の光りの下に投げてゐるのもいはれがあると思ひます。私は呪はれた花だと思ひました。そして、病院に行くたびにこの紅い花を見るのを怖れました。紅い花と夏、私は永遠にあの不思議な花の色と姿を忘れることが出來ません。
 闇の中に花の影が消えると、今度は少年の顏が浮びました。なんでこの少年の姿を私は忘れることが出來ませう。
 殆ど十年目で、私は故郷に歸りました。村の出口に大きな(えのき) の木がありました。私はその木の下に行つて、暮方から腰を掛けて默つてさまざまの事を考へてゐました。すると一人の子供が、不思議さうにして私の傍に立つてぢつと私の顏を眺めてゐたのです。 「どこから來た人だらう。また(ぢき) に遠い國へ歸つて行く人だらう。」と思つてゐるのが子供の顏にありありと分りました。私も(かつ) て、この子供のやうな時代があつたのです。そして、よくかういふ風に知らぬ旅人を見守つたことがありました。さう考へるとたまらなく私はこの子供がいぢらしかつたのであります。しかし、私は默つてゐました。
 その子供は頭の大きい、眼の飛び出た弱々しさうな子供でありました。そして、片手に青竹を短く切つて、これに小さな(あな) を二つ三つあけた自製の笛を持つてゐました。やがて西南の高い山脈に日が沈みますと、山の影が黒く描かれたやうに走つて、黄色く明るい冲の方の空の下へと連なつてゐました。ちやうどその時分から出初めた凉風に榎の木の葉は搖れて、笑ふやうな音を立てました。全く日が暮れますと、きらきらと光る星が木の頂きを飾りました。私は曾てこの木の下で、いつしよに遊んだ友達のことを思ひました。そしてその顏を一つ一つ思ひ浮べました。一人は病死し、一人は自殺し、一人は他國に暮らしてゐます。そんなことを考へて、涙が(おの) づと湧いて來ました。
 しばらく茫然としてゐたが、私の傍にふい! ふい! と小さな管笛(くだぶえ) の鳴るのを聞きました。それに氣付くと先刻からの子供がまだそこにゐるのであります。 「お母さんが待つてゐなさるから、もうお歸り。」と、私は言ひました。少年は名殘り惜しさうに私を振り向きましたが、やがて驅けて行きました。
 もう夜も更けて來ました。ひとり私は歸らぬ日のことを考へてゐました。


posted by 田中敬三 at 23:39| Comment(0) | 朗読 | 更新情報をチェックする