2015年01月23日

室生犀星「亀」

室生犀星「亀」

室生犀星『室生犀星全詩集』(筑摩書房)昭和39年発行 所収


2分24秒


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  室生犀星

  亀


  何時のことだか覚えないが
  私はあるお寺の池で
  日南ぼつこをしてゐる亀を
  うつとりと眺めこんでゐた
  かぜのない穏やかな日であつた
  温かい自然木で作つた柵にもたれて
  乾いてゆく亀のせなかを見詰めてゐた
  亀のせなかは古い石垣のやうに
  すこし青みがかつた飴色をおびて
  持つたらくづれさうに見えた

  亀はあたまも足もなかつた
  みな甲羅のなかにこんもりと潜んで
  誰もしらない世界に閉ぢこもつてゐるらしかつた
  何処へでも投げ出されてもかまはないやうに
  なかなか動かうとしなかつた
  亀は何んだか考へ込んで居さうに思はれ
  そのあたりの空気の色まで
  変色してゐるやうであつた

  寺院のそとも内もしづまり返つてゐた
  私はすこし眠いやうな気さへし出した
  私は柵のそとから
  こつそりと手を出して
  亀のせなかをそろそろとなで廻した
  亀のせなかはつるつるしてゐて
  皺のよつたところが
  糸を張つたやうに指さきにふれた
  日はをしげもなく
  一杯に咲いた桜にふりそそいでゐる

  

posted by 田中敬三 at 11:18| Comment(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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